15期生が在校した昭和36、37、38年度の出来事
<第二室戸台風>
昭和36年9月16日第二室戸台風が大阪に上陸した。最低気圧937mb、
最大風速33.3m/s、最大瞬間風速50.6m/sで、昭和三大台風の一つといわ
れている。あれから40年経つが、これより大きな台風は来ていない。
附中も甚大な被害を受け、体育館の屋根が全部めくれてしまい、中庭に
緑色の屋根が蛇のように横たわっていたのを思い出す。また、窓ガラスもい
たる所で割れていた。
実はその内の1枚は、その前日にF君と石を投げて遊んでいたら、誤って
図書室の窓ガラスを割ったもので、先生に明日報告しようと思っていたら、台
風が来てそれっきりになってしまった。お詫びします。
当日は土曜日で、月曜日に登校したら授業はなく、全員であと片付けをし
たことを思い出す。
この年は10月になっても猛暑が続き、衣替えの時期(10月1日)が来ても
どこの中学校もしばらく夏服を着ていたように記憶している。。
<運動場の整備>
運動場のトラックは確か1周400mあったと思うが、2年の体育大会(昭和37
年)より楕円形の向きが、東西より南北に変わった。したがって、運動会のとき
の本部席が東向きから北向きに変わった。また、トラックも整備され、走りやすく
なった。
大阪教育大学教育学部附属平野中学校沿革
(この資料は、附中「20年のあゆみ」より転載させていただきました。)